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  [匿名者同士の言い争いは、名誉毀損になるか?](2008/12/23)


(匿名)掲示板で何かを話し合おうとすると、往々にして直面するのが乱暴な発言です。

原因は様々でしょうが、ともあれ、本題を放り出しての言い争いに直面して、不愉快に感じない者は少ないでしょう。その為か、乱暴な発言をした相手を名誉毀損で訴えられないか、との質問を時折見かけます。


さて、どのように考えるべきでしょうか?

この問題の特質として、発言者がHN(ハンドルネーム)を使用しており、「リアルの人格を表に曝していない」ということがあります。そして、この「リアルの人格が表に曝されていない」ということは、パソコンを操作している本人以外に、「リアルのあなた」の名誉を毀損するということが不可能であることを意味しています。せいぜい、「当該HNを使用している氏名不詳者」としての名誉が、毀損されるに留まります。


ところが、本来、名誉毀損は、例えば、芸能人のプライバシーの暴露記事といったように、実在して、どこの誰かが分かっている相手の名誉を毀損する場合が念頭におかれているのです。つまり、(刑法上の)名誉毀損罪にしろ、(民事上の)賠償請求にしろ、対象となる「名誉」は「リアルの世界の人格」なのです。

その結果、HN同士で言い争う場合、「リアルの世界の人格」は傷つくものではないので、(法的な)名誉毀損が成立する余地は、よほどの例外的な事情でもない限り、ないといっても過言ではないでしょう。

むしろ、この手の不満を抱く場合、法律的には、「名誉毀損」の問題ではなく、「名誉感情」の問題となります。しかし、こちらの方は、耳慣れないことに端的に現れていますように、通常の面前での侮辱といった場合でさえ、なかなか保護されにくいのが実状です。

とすれば、ネット越しの、それも匿名同士の侮辱となれば、殆ど期待すべきものではないでしょう。



なお、発言者を探り当てるのが事実上不可能だとか、裁判をしても費用倒れになるだとか、それらの指摘は勿論もっともですが、これらは既に言い尽くされていることなので割愛しました。


以上のトピックを取り扱った面白いものとして、次のものがあります。



佃克彦『名誉毀損の法律実務 2版』弘文堂〔2008年10月〕117−119頁


 仮名(HN)を用いたとしても、当該ホームページの一般の読者を規準としてある人物を特定できる場合には、当該特定人に対する名誉毀損が成立する。このことに問題はない。

 問題となるのは、当該仮名から現実の具体的人物を特定できない場合である。たとえば私がある掲示板に「丁野四郎」というHNで書き込みをして参加していたとしよう。その掲示板で「丁野」こと私が、自分の社会的属性はそのままにし意見を述べた(しかし「丁野」から私を特定することはできないというのがここでの前提である)ところ、その「丁野」に対して名誉毀損的言辞が浴びせられたとする。この場合に、「丁野」こと私の名誉が毀損されたと評価すべきであろうか。

 (中略)

 たしかに掲示板内で名誉毀損をされた私としては気分は良くないであろう。しかし、現実社会での評価に低下はもたらされていないのであり、かかる場合にもなおそのような言論を法的に責任の追求をもって禁圧すべきなのであろうか。掲示板内でHNを用いて自らの実体を現わさないことの根底には、現実社会に実在する自分の権利(人格)が侵害されないための防衛が含まれていると思われる。とすれば、掲示板内で名誉を毀損されたからといって、掲示板外の現実世界において名誉毀損行為者に対する法的責任の追及を肯定してまでHN保持者に手厚い保護をする必要は、ないのではないかと思う。

 実際上も、掲示板内の人格が現実世界の実在人をどれだけ現わしたものといえるかは相対的であって、それをどこまで保護するかの線引きは難しいと思う。たとえば私が「戊野花子」というHNで20歳の女性会社員として掲示板に参加した場合はどうか。この「花子」はもはや明らかに私によって創作されたキャラクターであって別人格といわざるを得ないであろう。かような別人格の名誉が毀損されたからといって、「花子」こと私の名誉が毀損されたとはいえないことは異論の余地はなかろう。他方、前述の「丁野四郎」の例において私が、年齢と職業を変えていた場合はどうか。さらに居住地をも変容していた場合はどうか。このように考えていくと、具体的個人が特定されないHNを用いている場合というのは、どこまで現実の人格とリンクさせて保護すべきかは甚だ流動的といわざるを得ないのではなかろうか。

 もっとも、以上は「社会的評価の低下」たる名誉毀損の成否に関する考察である。名誉感情侵害の場合はまた別途の考察を要すると思う。たとえば、当初の私の「丁野四郎」の例(年齢等は変えずにHNのみ使用した場合であって、HNから私が特定されない場合)において「丁野」に対し、「ばか」「あほ」等の名誉感情侵害言論がなされた場合、これは現実社会の評価の低下の有無の問題ではなく、掲示板のその書き込みを読んだ「丁野」こと私の名誉感情が侵害されたかどうかだけの問題であるので、名誉感情侵害の成立の余地はあると思われる。ただ、名誉感情侵害があったとしてもそれは社会通念上許される限度を超えるものでなければ法的責任は追及できない。HNから自分が特定されない場合、侮辱を受けたとしても、現実世界で自分を自分と特定されながら侮辱される場合とはやはりその衝撃の度合いが異なるであろう。そうすると、HNから自分が特定されない状態での名誉感情侵害行為によって現実に権利侵害ありと認められるケースは、かなり限定されるのではないかと思う。










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●『名誉毀損の法律実務 第2版』
  佃 克彦 (著)

弁護士による名誉毀損の法律問題を解説した入門書。文章が難解でなく、読みやすいのが特徴。また、水準としても名誉毀損の訴訟を扱うならば最低限知っておかなければならないことを要領良くまとめた良書です。「入門の到達点」というべきテキスト。

勿論、読者の中には、「難しい!」という感想を抱くものも出てくるでしょうが、それは、本の内容、もしくは、叙述が難解だからなのではなく、単純に、読者が未熟であるのだと自戒すべきかと。



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