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「遺産の分配はない」との遺言書があるのに、相続放棄は必要でしょうか?
(最判平成21年3月24日)
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≪Q.モデル設例≫
先日父が亡くなりました。その後暫らくして、父の遺言書だという公正証書が見つかりました。それによると、「父の全ての財産は、母と、長男の二人で、分割する」というもので、長女の私には一切遺産の分割がないというものでした。
そういうものか、と思っていましたら、先週、長男から、父の個人財産はほとんどない一方で、父が会社の借入金の連帯保証人になっていたので、「相続放棄の手続きをとることを勧める」と言われました。
この場合、相続しない人間が、どうして相続放棄の手続きが必要なのか、教えてください。
≪A.解説≫
◇1 本当に、債務が多大である場合
法律問題を考えるに当っては、常に、「内輪の関係」と、「他人様との関係」とを別々に考えなければなりません。本件の相続問題も同様、相続人となる者同士の関係(内輪の関係)と、債権者との関係(他人様との関係)とが別々になる典型例といえます。
即ち、相続人となる者の間で遺産の分配をどのように定めようとも、債権者に対してはその分配のあり方を必ずしも主張し得ないのです。このことは、遺言書(公正証書遺言を含む)などによって、分配方法や割合が定められている場合でも同様です。従いまして、債権者は、相続人に対して、その相続人が遺産の分配に現実に与っているか否かにかかわらず、(法定相続割合で分割された割合で)原則としてその債権の支払を請求できる筋合いにあるのです。
そこで、真実、相続財産がプラスの財産よりも、マイナスの財産、つまり、負債の方が多い場合は、債権者からの請求を拒絶するには、相続の放棄の手続きをしておくことが必要となります。
なお、相続放棄は、原則、相続の開始を知ったときから3ヶ月間しか認められませんので(民法915条)、期限及び家庭裁判所への申述(手続)きの必要性には重々注意してください。もっとも、期限後でも相続放棄の手続きが取る余地があることについては、別記事を参照してください。
◇2 参考判例 最判平成21年03月24日
事実上相続の分配がないことと、債権者の権利主張との関係について、最近、最高裁が判例をだしています。但し、相続人間の遺留分減殺請求の事件ですので、その説示は傍論となります。
即ち、最高裁平成21年3月24日判決は、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定されていた場合(単独相続遺言のケース)であっても、他の(相続分のない)相続人らは、債権者に対して自らが債務を負っていないと主張することはできない、と説示しました。具体的には、次のとおり。
即ち、「〔単独相続〕遺言による相続債務についての相続分の指定は,相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから,相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり,各相続人は,相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには,これに応じなければならず,指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが,相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し,各相続人に対し,指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである」と。
◇3 遺留分の関係
他方で、「相続は、争続(そうぞく)である」としばしば評されるように、相続の放棄を迫る理由が、別のところにある場合もあります。例えば、遺留分潰しがそれです。
相続人には、遺言書で一切与えないとか、わずかばかりのもののみを与えると指定していても、法律で認められる最低限の取り分というものがあります。これを、「遺留分」といいます。遺留分の基本は、本来の法定相続分の半分だと思っていれば、大過ありません。つまり、上記のモデルケースでいえば、長女は、法定相続分が四分の一ありましたので、その半分で、八分の一の権利が、遺留分としてあるということです。
ところが、この遺留分にも、弱点があります。それが、相続の放棄なのです。
つまり、遺留分とは、相続人である限りにおいて保障される権利なので、相続を放棄すると、法律上その者は「初めから相続人でなかったものとみなされる」関係上、遺留分も失ってしまうのです。
以上、あなたのケースが、「1」「2」のいずれであるのかを見定めて、決断を下してください。
【参考サイト】
〆 最判平成21年03月24日(平成19(受)1548) 【判決PDF】
【関連トピック】
◆「遺言・相続の相談先・選び方」
◆「遺言書の3タイプ そのメリット・デメリット」
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お勧め書籍
● 『相続法 (第4版)』
潮見 佳男 著
有斐閣 (2011年)
著名な大学教授が執筆の、学部生・司法試験受験生向け教科書。本腰をいれて、相続に関する知識を得たいのであれば、この一冊。この水準の内容を理解しておけば、弁護士と同レベルの知識を得られることになります。
ただ、あくまでも実体法を対象としたテキストですので、裁判手続きにどのようにして乗せていくのか等、具体的な手続きについては不十分です。その為、副読本として、手続きの流れにそって説明や記述がされているマニュアル本を用意しておきましょう。
● 『定年前からはじめる
相続・遺言・不動産対策』
灰谷 健司・三菱信託銀行
シニアライフ研究会 編著
日本経済新聞社
(2003年7月)
本屋さんなどではよく並んでいる類のいわゆる教養としての相続対策本です。本書は、かなり古く(既に絶版)、各種制度について変わっている部分もありますが、相続トラブルの本質については変わらないので、入門書として図書館などで手にとってみてはいかがでしょうか。
この本の興味深い点は、いわゆる「相続信託」なるものについて、それを業務の柱の一つとする信託銀行が触れているところです。遺言信託の諸費用や、報酬額なども掲載されています。
なお、「遺言信託」というのは、法律上の「信託」ではありません。実際のところは、行政書士やNPOが行っている遺言書作成サポートの諸サービスのようなものだと思うと分かりやすいでしょう。
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