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  [発信者情報開示請求の実際](2009/10/10)
  ● 「プロバイダの不思議な主張」(改題)

【※ 2011年10月/2010年08月 更新】


≪訴訟に現れた、プロバイダーの興味深い主張について≫

 あくまでも、両当事者の主張をつき合わせたときにプロバイダーの論旨として把握されるとの留保付ですが、プロバイダーが、訴訟の場で公にした主張の概要を説明しておきます。そして、それに関して裁判所がどのように応答したのかについて、今後、訴訟をするうえで役立つことと思いますので、あわせて紹介しておきます。
 なお、具体的な主張は、それぞれの訴訟資料をご覧ください。


 ■前提事実

 【サンプル事案での加害態様】
 電子掲示板へ、卑猥なアダルト広告・宣伝を目的とした迷惑投稿が、連日、執拗に為されるというもの。


 ■プロバイダーの主張

 【A社からのもの】
 @ 発信者情報開示請求については、メールによる請求でも正式なものとして受け付けている。
 A 発信者情報開示請求に対する回答も、メールでしている。
 B どの住所宛に発信者情報開示請求をすればよいか、などの問い合わせがあった際に、その回答文として、
    「弊社会員の個人情報につきましては、法律上、警察、または裁判所等の公的機関より正式な請求がない限り
    開示いたしかねます」との回答を返すことは、発信者情報の開示請求そのものを拒絶するものではない。
    むしろ、開示請求の実体審査を行ったうえでの、開示を拒絶するとの回答である。


 【B社からのもの】
 C 電子掲示板へ、卑猥な宣伝・広告を意図した迷惑投稿が為されても、何ら、権利の侵害が生じることはない。
    なお、これは、法益侵害そのものが生じないとの主張である。「法益侵害はあるが、なお受忍限度内である」
    というような趣旨ではない。
 D 迷惑投稿を削除しないことによる不利益は、管理者自身の行為の結果であり、迷惑投稿によるものではない。
 E 他方で、投稿の内容や状況は、開示請求の要件を満たすかを判断する上での、重要な一資料である。
 F 迷惑投稿に記載されたURL先のサイトが、どのようなものであるかは確認できていない。
 G 複数の発信にかかる開示請求を、同時に、かつ、同種・同一事件のものとして請求されていても、それぞれの
    迷惑投稿は、個別に審査すべきものであり、互いに斟酌されるものではないし、現に、斟酌しなかった。
 H 開示請求に理由がないとプロバイダーが判断した場合、どのような回答方法を採用するかは、法に規定はなく、
    プロバイダーの自由な裁量に任されている。「問い合わせがあるまで回答をしない」との回答も許容されている。

 ※ なお、B社の代理人弁護士らが所属する法律事務所には、B社の取締役を昨年まで勤めていた弁護士がいる。





≪開示請求について、認容判決?≫

 いずれの訴訟においても、下級審レベルでは、迷惑投稿・スパム投稿にかかる発信者情報を開示せよとの判決が出ました。いわゆる【奈良法理】。
  (1)奈良地裁平成21年09月15日判決
  (2)奈良簡裁平成21年10月23日判決
  (3)奈良地裁平成22年07月26日判決


 しかし、その後、B社との裁判はプロバイダ側が争う形で上級審へ持ち越され、大阪高裁において、「権利侵害となるものではない」との理由で、発信者情報の開示が否定されています。最終的に、最高裁はその判断を是認しました。
(⇒ “最高裁が是認!? スパム投稿の自由”)



 ■参考  スパム投稿による権利侵害を肯定した下級審判決

 既に、先例としての価値はほとんどありませんが、参考までに、スパム投稿による被害にかかる開示請求を肯定していた下級審裁判例を掲載しておきます。両訴において、「情報の流通による権利侵害」があるか否かが最重要の新規判断でしたが、この点につき、一審裁判所は、立て続けに権利侵害性を肯定し、開示を命じていました。下記の奈良地裁の判決が最初の裁判例です。




【奈良地方裁判所 判決(確定済み)】


 本件スパム投稿は、卑猥な表現によって閲覧者の注意を引きアダルトサイトへ誘導することを目的とするものであり、直接本件HPの管理者である原告に対して、直接これを誹謗中傷したり、その社会的評価を下げるような事実を表示しているものではない。よって、本件スパム投稿がされたことが直ちに、原告に対する権利侵害が明白であるということはできない。


 しかしながら、前記第2の1(3)のとおり、本件スパム投稿のようにあからさまに性行為の内容を述べる卑猥な内容の投稿が繰り返しされることにより、本件HPにはかような内容の掲示が繰り返されることになり、しかもそれは平成XX年X月以降断続的に続いている。

 本件HPはXXである原告がその営業の為に設置管理しているものであり、これを閲覧する一般通常の閲覧者の注意と読み方をもってすれば、その管理運営するホームページに上記のような内容が繰り返し一定期間表示されていることは、本件HPを管理運営している原告がこれを受容しその掲示を認容しているかのような印象を与えることは想像に難くない。

 そして本件スパム投稿のような卑猥な表現を受容し、その掲示を認容することが、原告の人格及び職務についての社会的評価を下げしめる契機となることは否定できない。原告の主張するとおり、不特定多数の目にさらされる場所で卑猥な発言をすることは下品・下劣、少なくとも良識を欠くと見られるのが普通であり、しかもその表示場所がXXがその職務に関連して開設運営するホームページであって、通常はアダルトサイトへのリンクが設置されているとは考えられない場所だからである。

 そうすると、本件スパム投稿が平成XX年X月以降一定期間継続している現時点においては、本件スパム投稿は、プロバイダ責任制限法4条1項にいう「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らか」な侵害情報に当たるということができる。



(※ ネット閲覧の便宜の為、適度に、改行を挿入した。)







 ■ メールによる開示請求(肯定)

 次に、「【メールでの】開示請求」及び、「【メールでの】開示請求に対する回答」に関して、裁判所は、これを適当なものであると判断しました。原告は、決して、紙媒体での請求書面を作成したことはなく、また、プロバイダーにそれらを提出したことすらもなく、また、訴訟において、メールでの問い合わせをもって開示請求とすることに積極的な姿勢を示したわけでもなかったのですが、判決では、メールでのやり取りをもって、「法上の開示請求」、「法上の回答」と位置づけることを前提にした判断を下しております。

 これは、逆に言えば、
メールでの開示請求でも事足りることを裁判所が肯定したことを意味します。

 もとより、紙ベースで開示請求書面を作成し、それを提出することが、手続的には、より慎重を期したものといえますが、しかし、プロバイダーの対応次第では、お金と時間と労力の節約の為に、メールで済ませてやりましょう。但し、その際のメールでは、「法に基づく発信者情報の開示請求であること」を明確にしておきましょう。そして、メールによる開示請求が裁判上認められていることも、既に裁判例があることを注記しておきましょう。

 なお、訴訟においては、どちらかといえば、原告の方が「(正式な)開示請求をしたことはない」と主張し、被告プロバイダーの方が「開示請求を受けてそれへの回答をした」と主張していましたので、被害者救済の判決ではありません。

※1 メールでの開示請求を現実に認めているプロバイダも、確認されています。
※2 メールでの開示請求については、上級審で直接的に否定されてはいません。





 ■ 追記


【コラム】

 この連載の冒頭で、「プロバイダの任意の開示は期待できない」と書きましたが、最後に、この意味について誤解がないよう、補足しておきます。

 それは、プロバイダの裁判外での任意の開示が期待できないのは、あくまでも、「裁判を一度も経ていない状態に限る」と言うことです。多くのプロバイダは、一旦裁判を経た後では、実質的に同一の事案についての請求には、それなりに開示に応じてくれます。

 また、仮に、「プロバイダの任意の開示は期待できない」との意味を、発信者情報開示請求が無駄であると思われたとすれば、それも誤解です。時間と、手間と、お金、・・・それに、心の痛みを必要としますが、裁判を適切にやってさえいれば、普通は一年もすれば発信者情報を得ていることでしょう。

 要するに、開示請求者にしてみれば、割に合わないだけで、最終的には犯人を突き止めることができる公算が大きいのです。








    (「プロバイダの任意の開示は期待できない」へ、戻る)                  (「対策編」へ、続く)


    ※ 「発信者情報開示請求の実際」(最新版)は、会員コンテンツにて

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