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  [原発損害裁判で、本人訴訟は可能か?](2011年10月24日)
  「東京電力を訴えればよい、と言われても・・・」


≪ネットでは色々といわれているけれど?≫


グーグルで検索すれば、東京電力を訴える方法といったトピックがすぐに見つかります。これらの声を聞いていると、なにやら、簡単に裁判ができるような気分になってきそうです。

確かに、訴えるだけで満足するのならば、門前払いである「訴状審査段階での却下」を回避するのはたやすいでしょう。また、世間的には被災者に不法行為により損害が生じた事実そのものを疑う傾向はありませんので、「訴えの却下」で片付けられることもなく、裁判をするとの望みであれば叶うに違いありません。


しかし、いわゆる3.11から半年以上経過しますが、いまだ弁護士などの代理人が宣伝する提訴の報道が大々的に流れてこないことからしますと、直感的に、本案(本題)での勝訴が容易でないことが察せられるのではないでしょうか。

実際問題として、東京電力に対して損害賠償請求訴訟などの裁判を起こすことは、政治的な観点はさておき、テクニカルな観点からはどうなのでしょうか?


結論から言えば、まじめな法律論文を手にとって見てみると、実務的な観点からの裁判の難しさが窺い知れます。何よりも難しい――、つまり、原発被害裁判で審理を延々と長引かせるだろうと見込まれる要素が、「損害の範囲と評価」の問題です。なお、裁判一般につきものですが、事実証明の問題も当然考えねばなりませんが。




≪原発事故の損害には、実は、法律で免責規定がある!≫


裁判を真剣に考える場合には初歩的な知識ですが、しかし、素人にはあまり知られていないことがあります。これを知らないと、先制パンチをもらって面食らいかねませんので、簡単に触れておきます。「簡単に」、というのは、実のところそれほど深刻に危惧するようなものではないからです。

さて、知っておくべきことが何かと言いますと、「原発事故による損害の法定の免責規定」の存在です。

それは、「原子力損害の賠償に関する法律」において定められています。
(昭和三十六年六月十七日法律第百四十七号/最終改正:平成21年4月17日法律第19号)

この原発賠償法の3条1項で、次のとおり規定されています。


  (無過失責任、責任の集中等)
   第三条
   1  原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、
     当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。
     
ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたもの
     であるときは、この限りでない。



この条文は、まず、本文において、無過失責任が規定され、ついで、但書きで、「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱」を原因としている場合の免責を定めていると理解されています。従って、当然、裁判になれば東電側の弁護士が、“お仕事として”、この免責規定に該当すると主張してくることが予想されるのです。

しかし、これは困った! と慌てふためく必要はそう高くありません。

と言いますのは、これまでの世論の大勢は、この免責規定が妥当しないと見ているからです。ちょっと長いですが、専門論文より引用してみます。着目してもらいたいのは、最初の段落部分です。


◆ 大塚 直 「福島第一原子力発電所事故による損害賠償」 法時83巻11号48頁以下


 東日本大震災に関して免責規定の適用があるかについては、政府はこれを否定しており、原子力紛争審査会もこれを否定することを前提としていると考えられる(ただし、明示はされていない)。その最終的決着には裁判所による判断が必要となろうが、以下の点から、その適用がないと考えることもできよう。

(ア) まず、本法3条1項但書きの「異常な巨大な天災地変」とはなにか。2点指摘したい。第1に、本法制定の際の国会審議は、「全く想像を絶するような」「超不可抗力」、「不可抗力性の特に強い場合」であるとしている。「異常に巨大な天災地変」が、単なる不可抗力を超えたものであることが示されているのである。第2に、本法3条1項但書きは、本法制定以前に調印された、原子力損害に関する1960年のパリ条約の規定を導入したものと理解されているが、そこでは、やはり通常の不可抗力よりも免責される場面を限定する趣旨が示されている。さらに、パリ条約以後の国際条約では、自然災害を免責事由と認めること自体をやめることとしている。このような原子力損害賠償法の沿革となる条約の理解や、その後の国際的な趨勢は、3条1項但書きを厳格に解すべきことを示しているといえよう。

(イ) そのうえで、今般の東日本大震災は「異常に巨大な天災地変」といえるか。
 まず、地震の規模(マグニチュード)はどうか。これについては、世界での1990年以降の地震のうち第4番目であり、この点からは「想像を絶する」ものとはいいがたい。次に、津波の遡上高はどうか。これについては、やはり東北の大震災であった1896年の明治三陸地震において、三陸町綾里で38.2メートル、1993年の北海道南西沖地震において奥尻で29.0メートルに及んでおり、今回の東日本大震災の大船渡での23.6メートルという高さは「想像を絶する」「異常に巨大な」ものであったとは考えにくい。






庶民的感覚としても免責規定の適用には否定的でしょうし、その感覚に合致するように、何よりも、政府等が免責規定の適用を否認していることが大きいと思います。


なお、公平の観点から言いますと、適用を肯定する主張もあるようです。上記論文の注に、「免責規定の適用を肯定する見解として、・・・大変示唆に富んでいる」と著名な民法学者(不法行為法)の論説文が紹介されています。

但し、実際にその論者が適用の肯定を主張しているのかについては、私には、その論稿に接していないので不明です。後日、補足したいと思います。




≪厄介なのは、損害賠償の範囲及び額≫


免責規定での攻防がそれほど深刻なハードルとなるものではないことは、以上のとおりです。しかし、厄介な問題として、冒頭にも述べましたように、損害の範囲とその額(価格評価)の問題が残っています。


この損害の範囲と額の問題は不法行為事件では常に厄介なものとして立ちはだかりますが、前記引用の大塚論文を読んでいきますと、通常以上の煩わしさを感じずにはいられませんでいた。

一般に、不法行為事件における損害の計算方法は、個別損害積上方式などと呼ばれる手法が採用されていると言われています。平たく言えば、個々の損害項目をいちいち足し合わせていくことによって算定されるのです。年度末の確定申告において、大量の領収書を全部用意してそれを合算して費用を算出したりしますが、イメージ的には、あのような感じで、逐一、事故で使えなくなったタオル代**円、スカーフ代**円・・・、と項目を列挙していく必要があるわけです。

正直なところ、被害者側にはこれがある種の苦痛をもたらします。個別具体的に列挙することにより、“なぜ、被害者のみがプライバシーを開示しなければならないの?”という類の状況が生じてくるわけです。



さて、この算定方式に起因するテマヒマは不法行為事件ではつきものですのでやむを得ないとしましょう。また、その負担の軽減の一助として、原子力損害賠償紛争審査会から賠償の指針が策定されていることも、報道などで御存知かもしれません。おそらく、指針の基準は裁判にも大きく影響するでしょうから、弁護士がいまだ提訴に踏み切らないのも、その指針の動向を睨んでのことかもしれません。

ただ、大塚論文で紹介されているところを斜め読みした感じでは、非常にこと細かく基準が設けられることによって却って損害の主張が抑制的・制限的にならざるを得ないとの印象を受けました。

例えば、Aという損害項目について指針に規定されていることによって、Aの損害を請求できることはほぼ明らかになりましたが、その範囲と額が逆にその基準によって定められてしまい、実際にそれ以上に生じた損害についての請求が難しくなるのではないか、ということです。


実際、避難による精神的苦痛についての慰謝料を認める点で異例の取扱いがなされたことはニュースで報道されていますが、それ自体としての額も大したことではない上、その余の点ではむしろ抑制的です。言い換えれば、法解釈の通常のありようを逸脱しておらず、被害者救済との政治的配慮はそれほど濃くないので、その評価手法は庶民感覚では厳格なものと映ることでしょう。

素人が裁判を経験すれば往々にして感ずることですが、被害の救済・原状回復といっても、所詮、被害前の状況からすれば半分ぐらいの回復にとどまるのがせいぜいです。指針の基準が、上限を指し示すものとなって救済を切り捨てる場合にのみ活用されることがないよう祈るばかりです。




 【参考】

 ⇒  原子力損害賠償紛争審査会HP (文部科学省)


                                                                (続く)



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【シリーズ】 「原発損害裁判で、本人訴訟は可能か?」

2011/12/16 「その7/債務超過でも、なぜ、東電は倒産しないのか?
2011/12/09 「その6/仮払金をもらっても、裁判は可能なのか?
2011/12/02 「その5/弁護士の見解、国の不作為責任
2011/11/25 「その4/免責規定、肯定説の真意とは?
2011/11/09 「その3/原子力損害賠償支援機構法?
2011/11/04 「その2/原賠法の免責規定は適用されるのか?
2011/10/24 「その1/東京電力を訴えればよい、と言われても・・・



【コンテンツ】
2011/10/18 「最高裁が是認!? スパム投稿の自由

【Blog】
2011/11/08 「追い出し被害対策巡り消費者団体訴訟 関西のNPO提訴 (朝日新聞)
2011/07/15 「中小企業の連帯保証人、経営にかかわる人に限定 (朝日新聞)
2011/07/03 「経営状況分析手数料の無料等の取扱いについて ((財)建設業情報管理センター)








≪コンテンツ(電子書籍)の紹介≫
『本人訴訟のタクティクス 訴えの提起編』
編著  本人訴訟の輪


要件事実とは、従前は、司法試験に合格した司法修習生を主たる対象として、民事訴訟の実務科目として為されていたものでした。ところが、法科大学院のスタートにより、その教育現場での科目として採用されるに至ったことから、いっきに、その存在が知られるようになりました。

学習書としては、『紛争類型別の要件事実』と、『問題研究要件事実ー―言い分方式による設例』(いずれも、司法研修所編・法曹会出版)がベーシックなものとなります。


しかし、そもそも、民事訴訟法のテキストも読んだことがなく、それどころか、民法の体系書を通読したことすらない素人にとっては、読んだところで効果的でない分野です。つまり、ある程度学習の進んだ方でないとその有用性が理解できない、そういう次元の書物だと思います。

他方、今回取り上げる岡口基一『要件事実マニュアル』は、『紛争類型別』などがテキストだとすれば、参考書に当たるよな書籍です。そして、こちらは要件事実そのものを理解すること以外にも活用できますので、素人にとってもその活用が検討されるわけです。

そこで、本書において、その素人なりの付き合い方について若干の考察をしてみました。


本書は、シリーズ「本人訴訟のタクティクス」から、訴えの提起編のコンテンツをセレクトしたものです。


収録タイトル
1  訴訟手続きを学習する  まずは、この100ページ!
2  どうしても知っておくべき基礎知識
3  「請求の特定」はプロでも難しい?
4  訴状の記載、簡略なものがプロらしい?
5  岡口・要件事実マニュアル 素人なりの付き合い方は?








 ● 訴訟のあれこれ編
   1 “まずは知ろう「裁判にかかる費用」”
   2 “弁護士に頼むべきか、自分でやるべきか”
   3 “見せかけの争点に騙されない”
   4 “「本人訴訟は不利である」、改めて、その覚悟を”
   5 “100人の弁護団?”
   6 “もう一度確認、本当に、訴えて割に合う?”
   7 “民事訴訟に関する法律や手続きを、学習する”
   8 “要件事実とは、何ですか? どう活用するの?”


   〆 民事訴訟一般の解説 (鳥取地裁・家裁HP)

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LawSchool 目次

T 訴状編
【訴状】の書き方などの解説。

U 答弁書編
【答弁書】、【準備書面】などの解説。

V 本人訴訟編
本人訴訟をする上での初歩的な心構え。

W ネットトラブル編
ネットにかかわる各種トラブルの各論。



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§お勧め資料§




● 『震災の法律相談Q&A (2版)』
  弁護士法人淀屋橋山上合同 編著
  (民事法研究会 2011年11月)

多くの項目をQ&A方式で扱っており、震災の法律関係について基本的にどのようになっているかを知るのに便利な一冊です。NHKの生活笑百科のような感覚で、実体関係について調べることができます。

ただ、あくまで専門書ですので、素人がそれだけを読んで自分で裁判までできるかと言えばそのようなものではありません。むしろ、弁護士に相談する前や、弁護士に本格的に相談したいと考えるような方が、基本的な法律知識を得る為に活用すべき一冊です。





● 『原発事故の訴訟実務
    風評損害訴訟の法理』
  升田 純
  (学陽書房 2011年12月)

色々な法律実務書をお書きになっている升田先生の御著書です。前半パートでは、必ずしも風評被害に限定せず、震災に関する法律問題を一般的に扱っておられます。後半パートでは、風評被害についての過去の裁判例などの紹介となっています。おそらく、風評被害の著作を、急遽、震災問題と結びつけられたのではないかと想像するような著作となっています。





● 『震災の法律相談』
  小倉秀夫ほか 著
  (学陽書房 2011年06月)

分かりやすい記述で、震災の法律問題を全般的に取り扱っています。ただ、それほど専門的な内容にまで踏み込んでいないような感じもします。どちらかといえば、さわりのみを扱っているという感じで、それが逆に、法律の素人には読みやすいかもしれません。








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