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  [原発損害裁判で、本人訴訟は可能か?](2011年12月09日)
  「仮払金をもらっても、裁判は可能なのか?」


≪裁判は可能なのか?≫


不思議なことに、これまでのところ、東京電力(東電)に対して損害賠償請求訴訟を提起したという報道をあまり聞きません。各地の弁護士会が相談を受け付け、日弁連からは会長声明なども発信されているそうですが、そのわりに業界では過払金バブルのときのような活況を呈していません。

いったい、どうなっているのでしょうか?


では、先般、東電の株主が5兆5000億円余りの損害賠償を請求したとの報道がありましたが、これなどはどうでしょう。残念ながら、これは、株主が旧経営陣の責任追及をするようにと会社に対して請求したというもので、本質的な部分で違います。株主代表訴訟、つまり、「東電が、東電の旧経営陣を訴える」という図式の裁判であって、決して、「被災者(被害者)が、東電を訴える」という図式の損害賠償請求裁判ではないのです。

また、数少ない例として、“東京都内に住む臨床心理士の男性(46)が、「事故により極度の不安感、恐怖感を受けた」として、10万円の慰謝料を求めて3月末に提訴した。”というニュース(朝日:2011年5月19日11時16分)があるようですが、しかし、東京在住とあるように、これも地元被災者による本格的な裁判ではありません。

半年以上も経過してこのような状況にあるのを見ますと、素人的には、「果たして、裁判そのものが可能なのか?」という疑問が湧いてこようものです。あるいは、行政的な施策、特に、仮払い制度などもあって少ないながらも給付金を得ていると、それが裁判上の権利に優先するかのような錯覚も生まれてこないとも限りません。


しかし、結論から言えば、裁判そのものは可能というのが、常識的な見方のようです。

次に引用するのは、野村豊弘・学習院大学教授のジュリストへの寄稿論文です。野村教授(民法)は、これまで紹介してきた大塚直教授(環境法)とともに、原子力損害賠償紛争審査会の委員であり、同審査会では座長を務めておられます。その野村論文で、被害者は「裁判所に訴訟を提起することもできる」と明記されているのです。

なお、原子力損害賠償紛争審査会 名簿
 ⇒ http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/016/index.htm#pagelink4


◆ 野村豊弘「原子力事故による損害賠償の仕組みと福島第一原発事故」 ジュリスト1427号120頁以下


T 日本における原子力損害賠償制度
(3) 被害者の損害賠償請求


 原子力事故の被害者は、賠償責任を負う原子力事業者との間で、直接交渉によって損害賠償を得ることができるのは当然であるが、原子力損害賠償紛争審査会の仲介による和解を利用すること、あるいは
裁判所に訴訟を提起することもできる。これらの間に優劣はなく、当事者が最も自分に有利だと思われる方法が選択されるのであって、損害賠償に関する通常の紛争解決と異ならない。なお、実際には、農協・漁協等を通じて、一括した請求がなされ、被害者のグループ化がはかられ、その結果、同一グループ内で被害者の平等な扱いがなされることになっている。



(4) 裁判管轄と準拠法

 外国人被害者については、とくに日本人被害者と異なるものではない。ただ、被害が国境を越える場合も想定されるが、裁判管轄および準拠法について、特別の規定は存在しないので、一般的な規範が適用されることになる。国際条約では、事故発生国の裁判所の専属管轄を認めている。







≪権利放棄条項に要注意≫


野村論文において直接的に言及されていますので、東電との直接交渉、審査会の和解、あるいは裁判が選択的に選べることについては一応の権威づけができたかと思います。

では、東電から仮払金を受け取った場合、どのようになるのでしょうか?

仮払金は、野村論文にいうところの「直接交渉」の一種だと思ってくださって構わないかと思います。あるいは、審査会の中間指針の基準を参照しているところから、事実上の「審査会の和解」の要素を含むのかもしれませんが、法律的な取扱いとしては、適式な手続きを履践していない以上、否定されざるを得ないでしょう。

ともあれ、仮払金を受け取るのは、損害の一部について「直接交渉」によって決着をつけたと理解したら良いでしょう。従って、損害の残りの部分については、なお選択の自由が残っています。あらためて次回の仮払金の支払いを待つのか、審査会の和解を利用するのか、あるいは、提訴に踏み切るのかを選べば良いと思います。



ところで、この東電に対する仮払金の支払い手続きについては、当初、分厚い書類でわかりにくいと不評を買いましたが、法律的に問題視されたのは、いわゆる「その余の請求権の放棄条項」が含まれていたことでした。つまり、仮払金をもらったら、「それ以上の請求をいかなる形でもしません」という法的拘束力を持つ同意条項が規定されていたのです。

誤解のないように言っておきますが、このような権利放棄条項は、自動車事故をはじめとした和解のケースで一般的に挿入される条項です。むしろ、そのようにして決着をつけておかないと、「あとからイチャモンをつけてこられる」ことになりかねません。従って、普通のケースであれば、実務的にありふれた処理であるともいえるでしょう。


しかし、周知のように、今般の原発事故とそれによる損害は、そもそも、原子力発電所の事故処理すら収束しておらず、被害が現在も継続的に発生している事案です。このような損害を継続的損害などといいますが、この損害は将来にわたって継続し、拡大していきかねない不確定な損害です。それゆえ、東電が、わずかばかりの仮払金の支払いと引き換えに権利放棄条項のある契約書に署名させようとしていたことについては、強い非難が寄せられたわけです。

平たく言えば、第一回仮払金をもらう際に、知らずとはいえこの権利放棄条項を含んだ契約書にサインしていたならば、その後、「もっと損害賠償せよ!」と裁判を起こしたところで敗訴してしまうことを意味します。それゆえ、一部の法律家から要注意との警告が発せられていたわけです。



なお、この継続的損害については、「過去の損害」と「将来の損害」とは分けて考えることが、訴訟実務的に必要です。

というのは、裁判をしても、一般に、ある一定の日(口頭弁論終結時点)を基準日にして「過去の損害」については認容される可能性がありますが、それ以降の「将来の損害」については、まだ可能性の問題しかないとして、原則として否定されるとの取扱いが、最高裁の判例によって確立しているからです。

このことは、米軍基地や新幹線の騒音による損害賠償訴訟(差止めではなく)が頻繁に起こっていることを想起していただければ良いでしょう。毎回の裁判で取り扱われるのが、基準日までの「過去の損害」についてなので、その後に繰り返し・継続的に発生する騒音被害についての裁判を、ある程度まとまった期間が過ぎてから繰り返して賠償請求せざるを得ないのです。もっとも、普通は、そのような定期給付に近い賠償金となれば、行政的な給付によって政治決着がつけられると思いますが。





 【参考】

 ⇒  原子力損害賠償紛争審査会HP (文部科学省)


                                                                (つづく)



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【シリーズ】 「原発損害裁判で、本人訴訟は可能か?」

2011/12/16 「その7/債務超過でも、なぜ、東電は倒産しないのか?
2011/12/09 「その6/仮払金をもらっても、裁判は可能なのか?
2011/12/02 「その5/弁護士の見解、国の不作為責任
2011/11/25 「その4/免責規定、肯定説の真意とは?
2011/11/09 「その3/原子力損害賠償支援機構法?
2011/11/04 「その2/原賠法の免責規定は適用されるのか?
2011/10/24 「その1/東京電力を訴えればよい、と言われても・・・



【コンテンツ】
2011/10/18 「最高裁が是認!? スパム投稿の自由

【Blog】
2011/11/08 「追い出し被害対策巡り消費者団体訴訟 関西のNPO提訴 (朝日新聞)
2011/07/15 「中小企業の連帯保証人、経営にかかわる人に限定 (朝日新聞)
2011/07/03 「経営状況分析手数料の無料等の取扱いについて ((財)建設業情報管理センター)








≪コンテンツ(電子書籍)の紹介≫
『本人訴訟のタクティクス 訴えの提起編』
編著  本人訴訟の輪


要件事実とは、従前は、司法試験に合格した司法修習生を主たる対象として、民事訴訟の実務科目として為されていたものでした。ところが、法科大学院のスタートにより、その教育現場での科目として採用されるに至ったことから、いっきに、その存在が知られるようになりました。

学習書としては、『紛争類型別の要件事実』と、『問題研究要件事実ー―言い分方式による設例』(いずれも、司法研修所編・法曹会出版)がベーシックなものとなります。


しかし、そもそも、民事訴訟法のテキストも読んだことがなく、それどころか、民法の体系書を通読したことすらない素人にとっては、読んだところで効果的でない分野です。つまり、ある程度学習の進んだ方でないとその有用性が理解できない、そういう次元の書物だと思います。

他方、今回取り上げる岡口基一『要件事実マニュアル』は、『紛争類型別』などがテキストだとすれば、参考書に当たるよな書籍です。そして、こちらは要件事実そのものを理解すること以外にも活用できますので、素人にとってもその活用が検討されるわけです。

そこで、本書において、その素人なりの付き合い方について若干の考察をしてみました。


本書は、シリーズ「本人訴訟のタクティクス」から、訴えの提起編のコンテンツをセレクトしたものです。


収録タイトル
1  訴訟手続きを学習する  まずは、この100ページ!
2  どうしても知っておくべき基礎知識
3  「請求の特定」はプロでも難しい?
4  訴状の記載、簡略なものがプロらしい?
5  岡口・要件事実マニュアル 素人なりの付き合い方は?








 ● 訴訟のあれこれ編
   1 “まずは知ろう「裁判にかかる費用」”
   2 “弁護士に頼むべきか、自分でやるべきか”
   3 “見せかけの争点に騙されない”
   4 “「本人訴訟は不利である」、改めて、その覚悟を”
   5 “100人の弁護団?”
   6 “もう一度確認、本当に、訴えて割に合う?”
   7 “民事訴訟に関する法律や手続きを、学習する”
   8 “要件事実とは、何ですか? どう活用するの?”


   〆 民事訴訟一般の解説 (鳥取地裁・家裁HP)

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LawSchool 目次

T 訴状編
【訴状】の書き方などの解説。

U 答弁書編
【答弁書】、【準備書面】などの解説。

V 本人訴訟編
本人訴訟をする上での初歩的な心構え。

W ネットトラブル編
ネットにかかわる各種トラブルの各論。



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  >> 専門家でない普通のあなたが裁判をするには? そのノウハウを解説












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§お勧め資料§




● 『震災の法律相談Q&A (2版)』
  弁護士法人淀屋橋山上合同 編著
  (民事法研究会 2011年11月)

多くの項目をQ&A方式で扱っており、震災の法律関係について基本的にどのようになっているかを知るのに便利な一冊です。NHKの生活笑百科のような感覚で、実体関係について調べることができます。

ただ、あくまで専門書ですので、素人がそれだけを読んで自分で裁判までできるかと言えばそのようなものではありません。むしろ、弁護士に相談する前や、弁護士に本格的に相談したいと考えるような方が、基本的な法律知識を得る為に活用すべき一冊です。





● 『原発事故の訴訟実務
    風評損害訴訟の法理』
  升田 純
  (学陽書房 2011年12月)

色々な法律実務書をお書きになっている升田先生の御著書です。前半パートでは、必ずしも風評被害に限定せず、震災に関する法律問題を一般的に扱っておられます。後半パートでは、風評被害についての過去の裁判例などの紹介となっています。おそらく、風評被害の著作を、急遽、震災問題と結びつけられたのではないかと想像するような著作となっています。





● 『震災の法律相談』
  小倉秀夫ほか 著
  (学陽書房 2011年06月)

分かりやすい記述で、震災の法律問題を全般的に取り扱っています。ただ、それほど専門的な内容にまで踏み込んでいないような感じもします。どちらかといえば、さわりのみを扱っているという感じで、それが逆に、法律の素人には読みやすいかもしれません。








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